こんにちは 松生典子です。

子どもが不登校になっている時に、
「親として何をすればいいの?」
っていうことがとても知りたくなりますよね。もっともな話です。

今日は、30年間に渡り児童精神科医として子どもたちと関わっておられる
田中哲(たなか さとし)先生の講演会に参加してきました。

田中先生は、発達障害の総本山ともいえる都立小児総合医療センターの元副院長で、今年ご自身のクリニックを開業されました。もう新患さんの予約は打ち切りなほどだと、お隣の席になった方に教えていただきましたよ。

冒頭の悩みに対する答えの1つの考え方として、今日から数回に分けて、田中先生の講演から学んだことの一部を、私なりの解釈も含めてシェアしたいなと思っています。

とってもオススメの内容です^_^

講演会『子どもの登校拒否・不登校をどう理解するか』の概要

参加者は、(不登校や発達障害などの)当事者の会を主宰されてる方や、学校の相談員の方など、ママの悩みに答える立場の方が多くいらしていました。席が足りないくらい盛況でしたが、一番前のど真ん中で食い入るように書き書きしていたのは私です(笑)。

息子の不登校は一昨年に克服していますが、発達グレーゾーンの子どもの抱える問題や、親のあり方に関して、研究することに終わりはありません。

田中先生は、ほんとうに温かい子どもに対する目をお持ちで、
社会や家族のあり方への洞察にも優れ、
柔らかい口調に会場全体が吸い込まれるようでした。

発達障害の歴史・教育政策の歴史に始まり、
学校に行けない子どもたちの「自尊感」とbeing(ありのままの存在)への寄り添い、
自立の道筋など、how-toではなく、大人のあり方について多くの学びがありました(^-^)

とても濃い内容の講演で、たくさんの質問にも丁寧で真摯な回答をされ、お人柄に惹かれました(*^^*)
すごく偉い先生なのに、とても腰が低くて飾らず、素晴らしかったです。

また行きたいなー☆

写真がタイミングずれを起こしてブレてるのが残念ですが、こんな優しげな先生です。
田中哲先生と

不登校の多様化

田中先生は、現代の不登校の型は、1980年代の不登校に比べて、多様化してきているとおっしゃっています。

1.不安の表出としての不登校
2.発達のバリアンスとしての不登校
3.生きるための選択としての不登校

これ以外にももちろんたくさんの型はあって、実際は、子どもの側からすると、理由は百人百色です。
田中先生が挙げられた3つの型について、1つずつ見ていきましょう(^o^)丿

1.不安の表出としての不登校

”不登校”という問題が出始めた1980年代の不登校です。昔は”登校拒否”と呼ばれていましたよね。

前の日は行くつもり。それなのに朝起きたら、心臓はドキドキ、お腹が痛くなってくる。玄関で固まる。
言葉にならない不安が、体に”降りて”きちゃう。

”朝の立往生”は、登校をめぐる葛藤(=行きたいという気持ちと、体の調子がぶつかり、とても苦しい状況)の現れです。

(過去のいじめなど)強い対人緊張や不安のある子どもたちにとって、
「また同じようなことがあったらどうしよう。」
と、不安がその子の行動に影を落としている状態です。

学校がストレスなのではないが、ストレス因としての学校、という構図です。
不安に対する心の弾力性・復元力(レジリエンス)が高いかどうかも、
不安に打ち勝てるかどうかにかかわってきます。

かつては不登校といえば、わりと純粋なこの「学校不安型」が、ほとんどでした。

2.発達のバリアンスとしての不登校

今の不登校は、1.以外が増えているといいます。
発達凸凹と不登校は親和性が高いということは、このブログでもお話していますが、
社会性の発達が未熟な場合、生き難さを感じやすい子どもたちにとって、
社会に出ていくハードルとしての学校、が位置づけられます。

”バリアンス”、というのは聞きなれない言葉ですよね。
医療現場に身を置いておられる田中先生だからこその用語使用かと思いますが、
子ども自身が標準的な発達段階に達していない状態のことを指しているのでしょう。
グレーゾーンの子も含め、発達凸凹がすごく多くなっている、とおっしゃっていました。

講演とは別に調べたものですが、
2011年に文部科学省で行われた「不登校問題に関する調査研究協力者会議」によると、
「不登校の中で発達障害の割合が3割程度」とあります。
調査によってはこの割合が6割近いものなどもあり、
全体の中の発達障害児(可能性を含む)の割合が6.5%なのからすると、
(文部科学省が2012年に実施した調査より。他に都道府県による調査などでは、9%前後のデータもあります)
いかに不登校と発達凸凹との関連性が高いかがおわかりかと思います。

ただ、発達凸凹だから不登校になる、というわけでは決して無く、
そのくらい生きづらい、ということへの理解の助けとして、数字を示しました。

凸凹ちゃんの不登校について、よく言われるのが上記のような、人間関係の形成の困難によるものです。
また、LD(学習障害)によって勉強がわからなくて不登校になるケースは、高学年~中学生になって増えてきます。

その他に、私が密かに「そうそう!!」と膝を打った要因を、田中先生は例をあげてお話下さいました。
それは、発達ちゃんの「”登校する”という社会規範の未形成」という観点です。

ADHD系でも自閉系でもですが、
”社会規範が身につかない”とか
”ルールが守れない”とか
”生活習慣が身につかない”とか
発達ちゃんの子育てにおいて、本当に苦労するところですよね。

”学校に行かなければならない(不登校の話題でこう言うと、「それが本人を苦しめる」という論点が出てくるのですが、ここでは社会生活を送るうえでの一般的なルールの1つとしての登校、というお話です)”というルールあるいは規範について、発達ちゃんがほとんど重点を置かない、ということによる不登校です。

”普通は学校に行くものだ”、という”普通”が形成しにくいんですね。
常識を根付かせることが難しいというのは、自由を保障することとは別次元の話で、私はやはり、一旦は常識は常識として教えることが必要だと思います。

田中先生はさらに、そういった例では、”枠をはずしやすい親”の場合もあることをおっしゃっていました。
親がADHD系で、あまり枠にとらわれないタイプのお子さん小学5年生男の子の不登校の例をあげておられました。

こういったタイプの子には、”学校は行くもの”というよりも、”学校に行くメリット”を普段からインプットしておきたいですね。

発達凸凹ちゃんの根底にある不安について思うこと

「1.不安の表出としての不登校」については、
「2.発達のバリアンスとしての不登校」の中にも多く含まれている
と個人的には思っています。

なぜなら、何度も言うようですが、私は発達ちゃんはどのような特性であっても、基本的に”不安・緊張”が根底にあると思っているからです。
この理由については今日は触れませんが、発達ちゃんの生活上の様々な困りごとや言動を、”不安・緊張”の表れとして見ると、とても腑に落ちることが多々あります。

ただ、”不安”の質が、純粋な「1.不安の表出としての不登校」における”不安”とは、少し異なるかもしれません。
発達ちゃんの持つ”不安”については、別記事を書きますね(*^_^*)

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さて、だいぶ長くなってきました。ここまでお疲れさまでした!
次回につづきます(^o^)丿
(記事はこちら → being と doing
お楽しみに♡

最後までお読みくださり、ありがとうございます(^o^)

お子さんとお母さん、
そしてご家族の未来を変える力を、
一緒に育んでいきましょう!